日本茶の歴史と起源

日本茶の歴史と起源について

さて、あなたは、日本でいつ頃から日本茶が飲まれるようになったのかご存知ですか?

 

日本茶の歴史は、およそ70年余続いた奈良時代が起源だと言われています。

 

当時、日本では、国際情勢や他国の文化を学ぶため、世界各地に「僧」を派遣していました。

 

その頃、最澄や空海によってチャノキの種子が日吉茶園に蒔かれたという言い伝えがあります。

 

ただし、それらは未だハッキリしておらず、一番信頼できる記録として「日本後記」に、以下のようなことが書かれています。

 

「嵯峨(そが)天皇に永忠(えいゆう)が近江の梵釈寺において茶を煎じて奉った(815年)」

 

これにより、日本の喫茶文化が誕生したと言われています。

最初の頃の日本茶は、超貴重品だった!

当時のお茶は、現在のようなものではなく、「茶経」にある餅茶が主流であり、たいへん貴重なものだったため、僧侶や貴族など極限られた人々だけが口にできるものでした。

 

鎌倉時代になると、臨済宗の開祖として知られる「栄西」が中国へ渡った際、チャノキの種子を日本へ持ち帰ります。

 

それから、日本各地でチャノキの栽培が行われるようになりました。

 

栄西は、日本で初めてお茶の専門書「喫茶養生記」を著し、お茶に関する効果や効能を説いています。

 

そして、1214年には深酒で有名だった時の将軍「源実朝」に、良薬効果を持つ茶と共に書を献上したと言われています。

 

足利氏が政権を握り、室町時代となると、喫茶文化が浸透していきます。

 

武士や貴族たちの間で日本茶の産地を当てる「闘茶」や、連歌を愉しむ「茶寄合」が盛んに行われるようになったのです。

 

そして、3代目将軍・足利義政によって日本茶の栽培が奨励され、「宇治七名園」を完成させ、宇治茶発展の礎を築きました。

 

1486年には、武士たちの間で「茶の湯」が大流行します。

日本茶の歴史は、千利休によって花開いた

15世紀の後半、一休宗純(いっきゅうそうじゅん)から教えを受けた村田珠光(むらたじゅこう)によって、禅の精神を取り入れた「侘び茶の基礎」が考案されます。

 

「四畳半の茶の湯」と呼ばれ、それまで茶器の観賞がメインだった茶会から、心の癒しや精神性を重んじる茶会へと移り変わったと言われています。

 

その後、その意志を受け継いだ千利休(せんのりきゅう)によって「茶の湯の作法」が確立され、一般市民の間でもお茶文化が広まりました。

 

また、その頃、お茶は年貢の対象として扱われるようになります。

 

経済を支える重要な農作物として、日本各地で栽培が行われ、その土地に合った栽培、製造方法が確立され、徐々に生産量が増加していったのです。

 

1654年になると、明の福建省福清からやってきた「隠元」が山城国宇治に黄檗山万福寺を創建し、「淹茶法」という釜炒りした茶葉に熱湯を注ぐ製法が伝わりました。

 

そして、この淹茶法の伝来によって、1738年には宇治の永谷宗円によって「蒸し製煎茶」が誕生します。

 

1835年には、山本嘉兵衛によって「玉露」が開発され、さらに積極的にお茶の生産が行われるようになったのです。

 

明治維新期の1859年には横浜港より製茶およそ180トンが輸出され、世界各国で日本茶が嗜まれるようになり、現在に至ります。

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